キャンプの熊対策は、突き詰めると「食べ物の匂いをテントから引き離すこと」と「出遭ったときに走らないこと」の2つに集約される。派手なグッズより、この2つが効く。
ネットのクマ情報は伝聞が伝聞を呼び、正しいものと怪しいものが混ざっている。この記事では、主に環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」と国立公園向けの案内、それに知床財団の資料をもとに、キャンパーがやることを整理した。「死んだふり」の扱いも、資料が実際に何と書いているかで確認する。
先に結論だけ置いておく。
- 食料・生ゴミ・調理器具は、テントの中はもちろん「テントの前」にも置かない。密閉して、フードロッカーがあるならその中へ
- テントの中で調理や食事をしない。匂いの残ったテントそのものが、クマを引き寄せる
- クマ鈴は「過信はせず」と公的資料に明記されている。座って休憩している間は鳴らないし、沢の音でかき消される
- クマ撃退スプレーは「射程距離は5m程度と短い製品が多い」。そして飛行機には持ち込めない(北海道へ飛ぶ人は要注意)
- 遭遇時の行動は「距離」で変わる。離れているならゆっくり後ずさり。至近距離で突発的に出遭ってしまった場合は「直ちにうつ伏せ」が公的資料の答えだ
- ただし「ゆっくり近づいてくるクマ」は対応が変わる。まず人間だと知らせ、それでもやめなければ退避。50m以内で逃げ場がなく、逃げ切れそうにないときに、体を大きく見せて威嚇する(🔴 これは知床財団がヒグマを想定した対応。環境省の全国向け資料に、この場面の記述は無い。後述)
- 出発前に、行き先の自治体が出している出没情報を見る。環境省が国立公園ごとにリンクをまとめてくれている
目次
まず前提:どこに、どのクマがいるのか
日本のクマは2種類だ。環境省の「国立公園に出かける前に知っておきたいクマのこと」によれば、北海道にはヒグマ、本州および四国(一部地域)にはツキノワグマが分布している。
活動時期は同ページに「概ね3月から11月頃にかけて活動し、12月から2月頃は冬眠します。ただし、暖冬や地域差により活動時期が前後することがあります」とある。つまりキャンプシーズンとクマの活動期はほぼ丸かぶりだ。
被害の実数を、速報値で見ておく
環境省は都道府県から聞き取った人身被害の速報値を公開している。令和8年8月12日更新版の数字はこうだ。
- 令和7年度:216件・被害者238人・うち死亡13人(この集計で最も多い年度)
- 令和5年度:198件・219人・死亡6人
- 令和8年度(令和8年7月末時点):49件・53人・死亡6人
令和7年度の内訳は、ツキノワグマが211件・232人・死亡11人、ヒグマが5件・6人・死亡2人。件数そのものは本州のツキノワグマが圧倒的に多い。
ただしこの資料には「数値は、都道府県から聞き取った速報値です」「暫定値のため、変更することがあります」という注記が付いている。確定値ではないので、細かい数字を鵜呑みにしすぎないほうがいい。
この表には、地域差についての注記も付いている。千葉・徳島・香川・愛媛・高知・福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄の各県について「近年クマの目撃・捕獲実績がないため表示していません」という一文だ。
ただし、ここはそのまま「クマがいない県のリスト」として読まないほうがいい。理由は2つある。
ひとつは、注記と表の中身がずれていること。実際の表は都道府県が1〜39番まで並んでいて、千葉(12番)・徳島(36番)・香川(37番)・愛媛(38番)・高知(39番)は、件数0としてちゃんと行が存在する。注記の文面どおりに省かれているのは、福岡から沖縄までの8県だけだ。
もうひとつは、ツキノワグマは四国にもいること。同じマニュアルの「IV クマ類の生態と現状」は分布を「ヒグマは北海道、ツキノワグマは千葉県を除く本州と四国の一部地域に生息しています」と記し、四国地方については「これまで分布が確認されていた徳島県中央部での分布が縮小し、高知県中央部での分布が拡大」としている。そのうえで人身被害については、平成18(2006)年度から令和2(2020)年度までの都道府県別の合計についてこう書かれている。
生息数が十数頭から数十頭とされる四国地方では、人身被害の発生はありませんでした。
つまり「人身被害の統計に載っていない=クマがいない」ではない。四国はクマはいるが頭数が非常に少なく、被害が記録されていない地域だ。逆に千葉県については、同資料が明確に分布から除いている。同じ「0件」でも中身が違うということになる。
だからこの表は「うちの県は安全」という結論に使うものではなく、地域によってリスクの大きさがまるで違うことを知るための材料と考えたい。そのうえで、行き先の自治体が出している最新の出没情報を必ず見る。これが対策の出発点になる(具体的な調べ方は後半にまとめた)。
対策の中心は、道具ではなく「食べ物の置き場所」
クマ対策グッズの話から入りたくなるが、公的資料が一貫して最初に置いているのは食料と生ゴミの管理だ。理由は知床財団のフードコンテナの解説ページにはっきり書かれている。
ヒグマは一旦、人の食べ物の味を覚えると、人のいる場所に近づくようになり大変危険です。
つまり食料管理は、自分がその夜を無事に過ごすためだけの話ではない。一度クマに「キャンプ場=食べ物がある場所」と学習させてしまうと、次に来る人が危険にさらされる。ここが他のキャンプマナーと決定的に違うところだ。
環境省が示す、キャンプ場でのやること
前述の国立公園向けページには、キャンプ場での注意点がこう書かれている。
- 食料、荷物、ゴミを放置しない。(テントの前にも置かないようにする。)
- 荷物はできるだけ密閉する。(フードコンテナやフードロッカーがあるキャンプ場ではその中に保管する。)
短いが、「テントの前にも置かない」というカッコ書きが効いている。クーラーボックスを前室やテント脇に出しっぱなしにして寝るのは、かなりよくある光景だと思う。そこが名指しで否定されている。
また、出没対応マニュアルの「I 出没に備える」には、入山者向けの注意点として「残飯などクマの誘引物となるものは必ず持ち帰りましょう」とある。撤収時に残飯を土に埋めていくのは、その場では片付いたように見えて最悪の部類の行為だ。
「60m以上、できれば100m」という数字の正しい読み方
同じマニュアル「I 出没に備える」には、キャンプ場の設備配置についてこう書かれている。
テントサイト、食事・炊事場、フードロッカーを適切な距離(それぞれ60m 以上、できれば100m)で配置するようにしてください。
ここは誤読しやすいので補足しておく。これは施設の管理運営者に向けた基準であって、「利用者は自分のテントから100m離れた場所に食料を置け」という指示ではない。同じページには「管理棟がある場合は、食料や生ゴミを管理棟で預かってください(屋内保管)」「密閉できる蓋付きの容器(フードロッカー)を設置し、そこで保管してください」といった、明確に施設側への依頼が並んでいる。
ただし「利用者に距離の目安が無い」という意味ではない。知床財団の「出会わないために」は、利用者に向けてはっきりこう書いている。
テントの中で食料を保管するのは絶対にやめましょう。食料の保管場所はテントや調理・食事をした場所から100m以上離しましょう。
こちらはキャンパー本人への指示だ。つまり「60m以上、できれば100m」は施設の設計基準、「テントから100m以上離す」は利用者の行動基準として、別々に存在している。装備を担いで歩くスタイル(縦走やテント泊登山)なら、後者はそのまま実行すべき数字になる。
オートキャンプ場では100mを厳密に取るのは難しいことも多い。それでも「寝る場所・料理する場所・食料を置く場所は、離れているほどいい」という原則は変わらない。予約の段階で炊事場との位置関係を見ておく、クマの出没情報がある地域では管理棟やフードロッカーのあるキャンプ場を選ぶ、といった判断につながる。キャンプ場の選び方そのものはキャンプ場の選び方完全ガイドにまとめてあるので、あわせて見てほしい。
テントの中で、料理も食事もしない
ここは置き場所の話より抜けやすい。雨の日にテントの前室でバーナーを使う、寒いから中で食べる、というのは実際よくある光景だと思う。だが知床財団は明確に否定している。
テント内で調理や食事をするのはやめましょう。匂いが残ったテントはクマを引き寄せることになります。調理や食事はテントから離れた所(できれば100m以上離す)で行なうのが理想的です。
ポイントは「テントそのものが匂いの元になる」という点だ。食べ物を片付けても、匂いの染みた布は残る。そしてその中で人が寝ることになる。
匂いが出るのは、食料だけじゃない
見落としがちなのが調理器具と食器だ。知床財団も、保管すべきものとして食料・生ゴミと並べて「食べ物の匂いのついた調理器具、食器など」を挙げている。使ったあとのフライパンやシェラカップには、当然ながら匂いが残っている。
そして保管方法として同財団が挙げているのが、ビニール袋で密閉したうえで「木に吊るす」か、フードコンテナに入れるという2つだ。フードロッカーも車も無い場所では、木に吊るす(ベアハング)が現実的な選択肢になる。
クーラーボックスに匂いを溜め込まない管理はクーラーボックスの保冷を長持ちさせるコツでも触れているが、クマ対策の文脈では「保冷」より「密閉されているか」が主役になる。
車の中に入れるのは、どうなのか
ここは正直に書く。今回確認した環境省の資料の中に、「食料を車内に保管しなさい」と明記した記述は見つけられなかった。挙げられているのは屋内保管と、フードロッカー・フードコンテナといった密閉できる頑丈な容器だ。
オートキャンプで車に積み込む人は多いし、テントの前に置きっぱなしにするよりはるかにマシなのは間違いない。ただ「公的資料が推奨している方法」として車内保管を語るのは事実と違うので、そこは分けて考えてほしい。フードロッカーがある場所ならそちらを使う、というのが資料に沿った選択になる。
ちなみに知床では、知床財団がフードコンテナをレンタルしている。同財団のページによれば料金は1日1,000円、貸し出しには20分ほどの使用説明と契約手続きが必要で、18歳以上・写真付き身分証明書が条件。破損・紛失時はコンテナ本体料金22,000円を支払うことになる。「適切に使用しなければ効果が無い道具」と明記されており、借りればいいという話ではないことも書き添えられている。
クマ鈴とクマ撃退スプレー、それぞれの限界
この2つは定番だが、公的資料はどちらについても限界のほうを丁寧に書いている。そこを知らずに持っていると、かえって危ない。
鈴は「過信はせず」と、はっきり書かれている
環境省のマニュアルにある、すべての入山者に共通する注意点の一項目がこれだ。
鈴やラジオなど音が鳴るものを携帯しましょう。※人の存在・接近をクマに知らせ、突発的な遭遇を避けるための装備ですが、過信はせず、常に周囲に気を配ることを忘れてはいけません。
そして同じページには、具体的にどういう場面で効かなくなるかも書かれている。
- 座っている状態や立ち止まっている状態では、鈴は鳴らない(山菜・キノコ採りを例に挙げている)
- 渓流釣り中は沢の音で鈴やラジオの音がかき消されてしまう
キャンプに置き換えるとわかりやすい。設営中も、焚き火を眺めている時間も、鈴は鳴っていない。川沿いのサイトなら、そもそも音が届いていない可能性がある。
もうひとつ、知床財団の「出会わないために」には、あまり語られない指摘がある。
鈴・ラジオは人の存在を知らせる有効なアイテムですが、周辺の音を聞き取りにくくするものでもあります。
鳴らす側の耳もふさいでいる、ということだ。同ページは、見通しの悪い林内やササ藪、霧や日暮れ、夜間・早朝、沢沿いや風の強い日、雨の日を「互いに気付きづらい状況」として挙げ、場合によっては活動中止を判断するとまで書いている。
クマ撃退スプレーは、射程5m。そして練習が要る
スプレーについては、マニュアルの「III クマ類に遭遇した際にとるべき行動」にかなり具体的な記述がある。要点はこうだ。
- 唐辛子成分であるカプサイシンを発射するもので、クマの目や鼻・のどの粘膜に当たるよう、顔に向かって噴射することが重要
- 射程距離は5m程度と短い製品が多いため、十分クマを引き付けてから噴射する必要がある
- 下草が人の背丈ほどに茂ったところでは効果的な噴射が難しく、十分な効果を期待できないことがある
- 刺激性物質の効果は人も同じなので、風向きによっては噴射した本人へも影響がある
- 誤射に注意しつつ、いざという時にすぐ使える場所に携帯する必要がある
- 咄嗟に使用することは難しいので、事前にトレーニング用スプレーなどで練習することも重要
「5mまで引き付ける」というのは、想像するとかなり怖い距離だ。それでも同マニュアルは「それでもクマからの攻撃を回避するためには、躊躇せずスプレーを噴射することが重要です」としている。ザックの奥にしまってあるスプレーは、無いのと同じということでもある。
飛行機には持ち込めない
これは知らないと詰む話なので独立させておく。環境省の国立公園向けページに、はっきり注意書きがある。
(注意:クマスプレーは航空機への持ち込みや預け入れができませんので、航空機を降りた後に入手できるようにしましょう)。
本州から北海道にキャンプに行く人は、これで確実に引っかかる。同ページは「クマ撃退スプレーを購入やレンタル等して入手可能な場所を事前に確かめる」ことを勧めている。現地の販売店やレンタルの有無を、出発前に調べておきたい。
出遭ってしまったとき、やってはいけない3つのこと
環境省の国立公園向けページは、クマを刺激しない行動として次の3つを挙げている。
- 大声を出さない
- 背を向けて走らない(本能的に追いかけられるため)
- 荷物・石などを投げない
そして、やるべきこととして挙げられているのがこちらだ。
- 絶対に近づかない/近づいて写真を撮らない
- 落ち着いてゆっくり後ずさり(クマを見ながら)
- 無理に通行せず、クマが去るまで待つ
ただし、ここが一番の落とし穴だ。この「ゆっくり後ずさり」は、クマとの間にまだ距離があるときの話である。マニュアル本編は、遭遇を距離で3つに分けて書き分けている。
距離で、やることが変わる
環境省のマニュアル「III クマ類に遭遇した際にとるべき行動」は、遭遇の場面を次の3つに分けて、それぞれの行動を書いている。
- (1)遠くにクマがいることに気が付いた場合:「落ち着いて静かにその場から立ち去ります」。相手が人の気配に気づいていないようであれば、存在を知らせるため物音を立てるなど様子を見ながら立ち去る。ただし「急に大声をあげたり、急な動きをしたりするとクマが驚いてどのような行動をするか分からない」
- (2)近くにクマがいることに気が付いた場合:クマを見ながらゆっくり後退する、静かに語りかけながら後退するなどして距離をとる。「慌てて走って逃げてはいけません」
- (3)至近距離で突発的に遭遇した場合:ここだけ答えが変わる。防御姿勢に入る(次の項で詳しく書く)
見出しの区切りが「気が付いた場合」になっているのがポイントで、(1)(2)はこちらが先にクマを見つけられた状況を指す。それができなかったのが(3)だ。
この3つ目を知らないまま「クマに遭ったらゆっくり後ずさり」だけ覚えていると、いちばん危ない場面で対応が遅れる。藪の陰や曲がり角で、すぐ目の前にいきなりクマがいた——という状況が、これに当たる。
環境省は「至近距離」を数字で示していない。距離の目安を出しているのは知床財団だが、🔴 これはヒグマ(北海道)を前提にした数字だ。同財団は距離20m以下の突発的な遭遇について「落ち着いて。静かに。走らない! ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかける」としており、この段階ではまだ伏せない。同財団が倒れこむよう案内しているのは、突進が止まらず3〜4mまで迫ったときだ。
「威嚇突進(ブラフチャージ)」を知っておく
近い距離でクマが向かってきた場合について、マニュアルにはこうある。
本気で攻撃するのではなく、威嚇突進(ブラフチャージ)といって、すぐ立ち止まっては引き返す行動を見せる場合があります。この場合は、落ち着いてクマとの距離をとることで、やがてクマが立ち去る場合があります。
突進=即攻撃、ではない。これを知らないと、驚いて反射的に走ってしまう。マニュアルは「クマは逃走する対象を追いかける傾向があるので、背中を見せて逃げ出すと攻撃性を高める場合があります」「慌てて走って逃げてはいけません」と重ねて書いている。クマを見ながらゆっくり後退する、静かに語りかけながら後退する、といった方法が示されている。
「ゆっくり近づいてくるクマ」は、ここまでと真逆になる
ここまではばったり出遭ってしまった場合の話だった。まったく別の場面がひとつある。これを知らないと危ないので分けて書く。
知床財団の「出会った時は」は、距離が離れているのにクマがゆっくり近づいてくるケースを2段階で書いている。まず第一手はこうだ。
人間だということを知らずに来ている可能性があるので、クマに人間だということを知らせるため、石や倒木などに上がり、大きく腕をふりながら、穏やかに声をかける。
いきなり退避や威嚇ではなく、まず「人間だぞ」と知らせるのが最初にやることになっている。そのうえで、それでも近づいてくる場合の記述が続く。
非常に稀ですが、上記の行動をとっても接近をやめない場合、興味本位または捕食目的で近づいている可能性もあります。車内や屋内などに退避しましょう。
さらに、逃げ場がない場合の対応も示されている。
さらに距離が50m以内でクマが明らかに人を意識しながら接近を続け、逃げ場がなく、逃げ切れそうになければ、強気に対応しましょう。倒木や石の上に立ち、自分を大きく見せ、大きな声と音をたてて威嚇しましょう。2人以上いるときは、まとまって行動しましょう。クマ撃退スプレーを持っていれば、噴射の準備をしましょう。(以下略)
「大きな声と音をたてて威嚇」。この記事でここまで書いてきた「大声を出さない」「静かにゆっくり後ずさり」「伏せる」と、まるで逆だ。矛盾しているように見えるが、そうではない。相手の状態が違う。
- ばったり出遭った場合:クマも驚いている。刺激すると防衛的な攻撃に移る。だから静かに・刺激しない
- 知らせても接近をやめない場合:知床財団は「興味本位または捕食目的で近づいている可能性もあります」としている。だから退避する。50m以内で逃げ場がなければ、大きく見せて威嚇する
見分ける軸は「向こうが驚いているのか、こちらに気付いたうえで近づいてくるのか」だ。藪から飛び出してはち合わせたなら前者、離れた場所からゆっくり距離を詰めてくるなら後者にあたる。
なお知床財団は同じページで、距離20〜50mで遭遇し、こちらの対応をしてもクマが立ち去らない場面について「こちらがいつまでも動かずにいると、敵対行動と受け取られる可能性があります」と書き、ゆっくり離れるよう案内している。伏せる・伏せないの話ではなく、その距離で立ち止まるなという注意だ。
親子連れは、別格で危ない
マニュアルは親子グマについて、母グマは子グマを守ろうと攻撃的行動をとることが多いため「より一層注意が必要」としている。さらに重要なのがこの一文だ。
子グマが単独でいるような場合でも、すぐ近くに母グマがいる可能性が高いため、近づくことはせず、速やかにその場から離れることが必要です。
「小さいから大丈夫」は完全に逆ということになる。子グマを見かけたら、その場は母グマの目の前だと思ったほうがいい。
「死んだふり」ではなく「防御姿勢」
ここは誤解が二重に広がっているところなので、資料の記述をそのまま確認する。
まず環境省の資料に「死んだふり」という言葉は出てこない。出てくるのは、うつ伏せになって急所を守る防御姿勢だ。「死んだふりで相手を騙す」テクニックではなく、頭・首・腹という急所を物理的にガードしてダメージを減らすためのもの。目的がまるで違う。
マニュアルは「(3)至近距離で突発的に遭遇した場合」の行動として、こう書いている。
顔面・頭部が攻撃されることが多いため、両腕で顔面や頭部を覆い、直ちにうつ伏せになるなどして重大な障害や致命的ダメージを最小限にとどめることが重要です。
「直ちに」である。ただしこの「直ちに」は姿勢を取る速さの話で、接触の前か後かを定めたものではない。環境省の国立公園ページは、うつ伏せを「クマに襲われたとき」の行動として掲げている。
環境省は、この場面とスプレーを必ずセットで書いている。直後にこう続く。
クマ撃退スプレー(唐辛子成分であるカプサイシンを発射するスプレー)を携行している場合は、クマに向かって噴射することで攻撃を回避できる可能性が高くなります。
国立公園向けページの「クマに襲われたとき」に推奨する行動も、①うつ伏せになり、首・顔・腹部を守る ②クマ撃退スプレーを持っている場合は、使用する(事前に使用方法をよく確認しておくこと)——の2つがセットになっている。スプレーの出番はまさにここだ。前の章で「射程5m」と書いたのは、この距離感の話でもある。
知床財団の「出会った時は」は、この境目をさらに具体的な距離で示している。同ページは「本当の攻撃の場合(突進が止まらず3〜4mの距離まで迫ったら)」として、クマ撃退スプレーがあれば目と鼻をめがけて一気に全量を噴射し、スプレーが無い場合(または効かず攻撃を受けてしまったら)「その場に倒れこんで、防御姿勢をとりましょう」としている。
ここで資料によって順序の書き方が違うことに触れておきたい。環境省はうつ伏せを先に書き、そのうえでクマ撃退スプレーを併記している。知床財団は3〜4mまで迫られた場面でまずスプレーを噴射し、無ければ倒れこむ、という順序で書いている。どちらが正しいという話ではなく、書き方が違うということだ。
なお知床財団の括弧書きは「またはスプレーが効かず攻撃を受けてしまったら」となっており、接触後に防御姿勢へ入る場合も含んでいる。
防御姿勢の作り方も、同ページが具体的に書いている。
うつ伏せになって顔と腹部を守り、首の後ろは手を回して保護する。バックパックがプロテクターになります。転がされても、その勢いで元の姿勢に戻ること。
ザックを背負ったまま伏せるのがポイントで、背中のザックがそのまま防具になる。
あわせて、環境省のマニュアルは「攻撃を回避する完全な対処方法はありません」とも明記している。一方で、ツキノワグマについては「一撃を与えた後すぐ逃走する場合が多いとされています」という記述もある。頭と首を守って耐えることに意味があるのは、そこだ。
出発前にやっておく、2つの確認
1. 行き先の出没情報を見る
環境省の国立公園向けページは「訪問前の情報収集」として、都道府県のホームページ等で訪問予定先のクマ出没の有無を確認すること、そしてビジターセンターに立ち寄って地域のルールや最新の出没情報を確認することを挙げている。
ありがたいことに、このページには国立公園ごとに、自治体が公開している出没情報ページへのリンクがまとめられている。秋田県の「ツキノワグマ等情報マップシステム【クマダス】」、北海道の各地域の「ひぐまっぷ」、兵庫県警の「安全安心マップ」など、地域ごとの公式情報にそこから直接たどれる。自分で検索して怪しいまとめサイトを踏むより、環境省のこのページを起点にするのが早くて確実だ。
2. 秋なら「ドングリの豊凶」も見ておく
秋のキャンプに限った話として、堅果類(ブナやミズナラなどのドングリ)の実り具合という指標がある。山に食べ物が少ない年は、クマが人里近くまで下りてくる可能性が高まるという考え方で、各県が調査結果を公表している。
2026年秋については、ABA青森朝日放送の報道によると、東北森林管理局が7月7日現在の調査で、青森県内38のブナ調査地点のうち約8割にあたる31か所で開花を確認し、2026年秋のブナの実の豊凶予測を「並作」としている(ここだけは公的資料そのものではなく報道を参照している)。同報道は、過去の結実状況とツキノワグマの出没件数を照らし合わせると大凶作だった年は並作や豊作だった年に比べて出没件数が多い傾向にある、と伝えている。
ただ、「並作だから安心」で終わらせられない話がその先にある。同報道は青森県自然保護課の見解として、秋に並作や豊作になると母グマの栄養状態がよくなって出産数が増え、翌年の春は個体数が増えるとも考えられる、と紹介している。そのうえで、こう書かれている。
県では例年、秋に並作や豊作となった場合は、その年の次の春に「ツキノワグマ出没注意報」を発令することにしています。
行政が実際に翌春の注意報を出す運用になっているということだ。つまり豊凶は「今年の秋の危険度」だけでなく「翌春の危険度」にも効いてくる。実りが良い年は、翌年の春キャンプのほうを警戒する——という読み方まで含めて、はじめて使える指標になる。
そしてもうひとつ。この予測はあくまで青森県内のブナについてのもので、全国一律の話ではない。豊凶調査は県ごとに行われ、結果も年によって地域によってばらつく。行き先の県が出している調査結果を、その都度確認するのが正しい使い方だ。「今年は並作らしいから安心」と全国に広げて考えるのは、いちばんやってはいけない読み方になる。
まとめ:持ち物より先に、置き場所を決める
最後に、出発前と現地でやることを並べておく。
- 出発前:行き先の自治体が出している出没情報を確認する(環境省の国立公園ページからたどれる)
- 出発前:秋なら、行き先の県の堅果類豊凶調査の結果も見ておく
- 出発前:クマ撃退スプレーを持つなら、使い方を確認しておく。飛行機では運べないので現地調達の当てを付けておく
- 現地:食料・生ゴミ・使った調理器具は密閉する。フードロッカーがあれば必ず使う。無ければ木に吊るす
- 現地:テントの中にも、テントの前にも置かない
- 現地:テントの中で調理も食事もしない。匂いの残ったテントがクマを呼ぶ
- 現地:移動中は鈴を鳴らす。ただし休憩中や沢沿いでは効いていないと考える
- 現地:残飯は必ず持ち帰る。埋めない
- 遭遇時(距離があるとき):大声を出さない・背を向けて走らない・物を投げない。クマを見ながらゆっくり後ずさりして、去るまで待つ
- 遭遇時(至近距離で突発的に出遭ったとき):直ちにうつ伏せ。両腕で顔と頭を覆い、首の後ろを手で守る。ザックは背負ったままでいい。スプレーがあれば顔をめがけて噴射する。なお知床財団(ヒグマ想定)の区分では、20m以下でもまだ伏せる段階ではない。倒れこむのは突進が止まらず3〜4mまで迫ったときだ
- クマがこちらに気付いていて、ゆっくり近づいてくるとき(🔴 この項は知床財団がヒグマ(北海道・知床)を想定した対応。環境省の全国向け資料に「威嚇する」の指示は無く、逆に「大声を出さない」「荷物・石などを投げない」を挙げている。本州のツキノワグマでは食い違う):まず人間だと知らせる(石や倒木などに上がり、大きく腕をふりながら、穏やかに声をかける)。それでも接近をやめない場合は車内や屋内に退避する。さらに50m以内で接近を続け、逃げ場がなく逃げ切れそうになければ、倒木や石の上に立ち、自分を大きく見せ、大きな声と音をたてて威嚇する
クマの話は怖い数字が先に立ちがちだけど、公的資料を読んでいて感じたのは、やることの大半が「片付け」の延長線上にあるということだった。食料を密閉して、ゴミを持ち帰って、テントの前に物を置かない。それはクマがいない地域でも、そのままいいキャンプの作法でもある。
安全まわりではキャンプの雷対策も同じように公的資料ベースでまとめてあるので、シーズン前にあわせて確認しておくと安心だ。
参考にした情報源
- 環境省「国立公園に出かける前に知っておきたいクマのこと」
- 環境省「クマ類の出没対応マニュアル -改定版-」(令和3年3月)
- 環境省「クマ類による人身被害について[速報値]」(令和8年8月12日更新・PDF)
- 環境省「クマに関する各種情報・取組」
- 知床財団「フードコンテナ(ヒグマ対処法)」
- 知床財団「出会わないために(ヒグマ対処法)」
- 知床財団「出会った時は(ヒグマ対処法)」
- ABA青森朝日放送「『ブナの実』2026年秋の結実予測は“並作” クマの出没件数への影響は?」
※「クマ類の出没対応マニュアル」III章の小見出し(1)〜(3)は、PDF上で画像として組まれておりテキストとして抽出できないため、原典を目視で確認したうえで引用しています。
※人身被害の件数は都道府県からの聞き取りによる速報値・暫定値であり、後日変更される場合があります。また、クマの出没状況や各キャンプ場の設備・ルールは変わります。実際に出かける際は、必ず最新の情報を行政機関およびキャンプ場の公式発表でご確認ください。


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